登場人物の紹介 |
ムキンポ (むきんぽ) |
たとえばもくもくと湧き起こる入道雲、心の底から 夏だ! と思うのはそんなときだ。僕は石川舞子ちゃんが好きだから、彼女と一緒に海に行きたい。でも彼女には平賀という名の恋人がいて、僕はとっても苦しいのです。 「ムキンポくん、今、とっても苦しんでるんだって?」 ニヤニヤと相好を崩して、波島飛魚が擦り寄って来た。そしてその姿はナメクジなのだった。ズルズルと粘液を引き摺り、眼は緑色に爛々と輝き、怪奇光線を間歇的にバシバシと発した。性交のような匂いがしていた。彼は微笑みつつ、蛆虫をクチュクチュと咀嚼して、息を吐きかけ、接吻するようにして、顔を近づけ、言うのだった。 「確かに片思いにはロマンがあるね。だが僕は思うんだ。性欲は常に抑圧しなくちゃ、てね。ダリが言っている。たまたま一滴のf・・・が漏れるようなことがあるとすれば、その消費が即座に償われるために、金額の大きい小切手が入ってくる必要がある───」 石川舞子ちゃんは十六歳だ。僕は十七だから釣り合いがとれてる。 「舞子ちゃん、伊豆かワイキキに泳ぎに行かない?」 「私、熱海になら行ってもいいわよ」 そう言ったのは緑川サザエだ。僕は彼女と熱海に行った。 石川舞子ちゃんは高校生だ。東京女学館に通ってる。 「ねえ、私のこと、どう思ってるの」 じっと僕の眼を覗き込むようにして、彼女は言った。制服が、かわいいな、のあの制服を着てだ。 「今すぐ結婚してください」 そこは渋谷区役所の前だった。 「それじゃあ、私はどうなるのよ」 「そうだ、おれはどうなるんだ」 サザエと平賀が同時に言った。 「それにおまえは十七だよ」 ナメクジのように波縞が言った。 「だが誕生日は明後日だ」 僕は舞子ちゃんの両腕をとった。 結婚式の当日、牧師のジンボは勃起していた。彼はそっと呟いた。 「オナンの罪を犯してしまった」 新婚旅行はパリからだった。オテルはルーヴルの近くにとった。 テュイルリー庭園のなかを散策しながら、マロニエの緑を眺めて、僕は言った。 「夏だね」 そして世界を一周し、ハワイへと至り、ワイキキの浜に横たわり、ダイアモンド・ヘッドを眺めて、僕は言った。 「夏だ夏だ夏だ」 そして地球は自転する。そして地球は公転する。そして海の向こうで何かが始まる。 風が吹いていた。海の向こうで三人の男女が何かよからぬ相談ごとをしていた。首謀格の男が言った。 「ぶひぶひぶひ」 もう一人の男が言った。 「ぶうぶうぴー」 女が言った。 「ぶでんぶでん」 波縞飛魚、平賀、緑川サザエの三人だった。彼らは普段、人間のいないところでは、彼らだけの特別な言語で話すのだった。翻訳するとこうだった。 「何としてでも奴らの結婚を粉砕せねばならん」 「おれァ、あのむっちろいケツの穴に、オマンコぶっこんで、舞子の奴、ヒイヒイいわせてやりてえ」 「殺してやる」 げに恐ろしい者どもであった。彼らは蛆虫を喰らうを常としていた。彼らを人はブキミと読んだ。闇に生き、暗黒の世界を跳梁するナメクジの一族、ブキミ、彼らはどこから来て、どこへ行くのか、その正体を誰も知らない。 一方、オアフ島、ワイキキ・ビーチでは、一組の若いカップルが、常夏の島の太陽を浴び、溢れる青春を謳歌していた。 渚を駈けるよ 素足のままで 風になるのさ 僕たち二人 光のシャワー 輝く君が 眩しく Hawaiian Summer 嗚呼、幸せなこの若いカップルに、ブキミの魔の手が、今にも襲いかからんとしていた。その命運や如何に? 風雲急を告げる展開のなか、物語は疾風怒濤と続きます。 僕は石川舞子ちゃんが好きだ。彼女は十六で僕は十八、僕たちは結婚して夫婦になった。新婚旅行で今、ハワイにいる。 「舞子ちゃん、ハワイはポリネシアですか、ミクロネシアですか?」 「ポリネシアです。それではエコール・ド・パリの中心地はモンマルトルですか、モンパルナスですか?」 「モンパルナスです」 そんなことを話しながら、カラカウア・ストリートを歩いていると、性交のような匂いが、どこからかしてきた。昼下がり、絡めた二人の淫らな指に、汗が滲み出る隠微な時間だ。知らずと勃起しかける僕のちんぽこ。 振り向くと、そこに波縞がいた。 「やあ」 僕はぎこちなく笑顔をつくった。 「やあ」 彼は舐めるようにして、顔を近づけてきた。 「奇遇ではないかね。彼女が石川舞子さんかい? 美しい人だ。僕は断然、惚れ込んじゃうね。(名刺を取り出し)波縞です、よろしく。ところでムキンポくん、彼女を僕に、2週間ばかり預けてみてはくれないかね? どうでしょう、奥さん?」 なぜあれほど寛大な気持ちになれたのか、僕にはわからない。なぜ彼女がそれを承諾したのか、未だもって見当もつかない。それを眩しすぎる太陽のせいにすることもできただろう。だがそこはアルジェリアではなかったし、話を続ける僕自身、アルベール・カミュといったわけではない。 今にして思えば、あの緑色の怪奇光線───それは1.800r.p.m.のレーザー・ディスクのように高速度回転する波縞の眼から、間歇的にバシバシと発せられていた───、それと同時に、遠く微か流れる「朝の歯磨き体操」の歌、トゥースペイストの匂い、皓い歯を剥き出しにして、ゾウアザラシに闘いを挑むポリネシアの少年、それを見守るカメハメハ大王、その幻、が曲者だったのだが、ともかく、そのようにして二人は消えたのである。 あたりに黄昏が迫っていた。ますます強くなる性交のような匂い、道行く人の顔は皆、ナメクジに似ていた。 「どうしたの、ぼんやりとして」 「いや、何でもない」 僕は珈琲にミルクを加えた。 「おかしいわよ、さっきから黙って」 言葉ヲ話ス言語ノ魚 闇ニ落チ 詩ヲ書ク魔力 闇ニ落チ 「ところで君に渡しておいたあのリポート、どうなってる?」 僕は言った。 「忘れた」 は言った。僕は意識が混濁してしまい、相手が誰なのか、どうしてもわからなかった。だがそのリポートは、僕が舞子ちゃんと結婚したとき、「僕は石川舞子ちゃんが好き!」という内容を、四百字詰め原稿用紙十二枚にまとめ、提出した筈の、そのリポートなのだった。 「だが、あれは君、僕の───」 そう言った途端、ナメクジは溶けた。 「ぶこぶこ」 翻訳するとこうだった。 「オマンコぶっこんだるでえ」 興奮すると、人前もはばからず、ブキミ語を話す平賀であった。あわや、純情の花一輪、石川舞子嬢の純潔は、今や風前の灯火であった。 平賀はすでに、硬ナメクジ化現象を惹き起こし、全身、これ、赤黒くペニス化を遂げていた。カウパー腺液を露のように滴らせ、床面を這うようにして、舞子嬢へと、いやらしく、ヌメヌメと近づくのだった。 桜花を偲ばせた舞子嬢のあてやかな娟容も、恐怖に青褪め、引き攣り、すでにして、逃げる意欲を喪失していた。 「どや、感じるか?」 「ああ」 舞子嬢の雪白の裸体に、平賀のナメクジ肌が絡み、全身を舌にして、平賀がこれを舐めまわすたび、思わず声を漏らす舞子嬢であった。ほんのりと雪肌をピンクに染めあげ、アモラルな官能の悦びに打ち慄える彼女、その濡れた花心に、平賀が勃起して侵入していく。昂まる歓喜。 暫しの呻吟の末、ピュッという音を立て、平賀は果てた。 あとにはただ寂寞として静境のみ─── たとえば青い海原を、クロースホールドで翔け抜ける白い帆の○○○、心の底から、夏だ! と思うのはそんなときだ。僕は石川舞子ちゃんが好きだから、彼女と一緒に海に出たい。でも彼女には、平賀という名の恋人がいて、僕はとっても苦しいのです。 「舞子ちゃん、今度、僕、○○○、買ったんだ。南の海を二人でクルージングしに出かけないか?」 「私、妊娠しちゃったみたい」 そう言ったのは、緑川サザエだ。僕は彼女と病院に行った。 「元気な男のお子さんです」 熱海に行ってから、まだ一月しか経っていない。だからそれは幻の子供だ。 「ディヴィド・リンチの『イレイザー・ヘッド』っていう映画は最高だよ。今の君にピッタリだね」 嗤いを含んで、波縞が言った。 「僕は心底、そう思うんだ」 「舞子ちゃん、婚姻届も用意しました。どうか今すぐ僕と結婚してください」 そこは渋谷区役所総合窓口受付の前だった。 「それじゃあ、私はどうなるのよ? この子の未来はどうなるの?」 「そうだ。君はまだ高校生じゃないか。日比谷高校の三年生じゃないか。僕は去年の春、東大を出て、今じゃ気象庁のお役人だぞ。明日の天気もわかるだぞ」 サザエと平賀が同時に言った。 「それにおまえは包茎だよ」 ナメクジのように波縞が言った。 「だが仮性包茎だ」 僕は舞子ちゃんの両腕を掴んだ。 そのとき夏は永遠の輝きを見せて燃え上がる。たとえばキリマンジャロの頂から、彼女と二人、ハンググライダーのタンデム飛行としゃれ込むとき、そのような夏、そのような季節─── 僕は石川舞子ちゃんが好き! |