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Also Sprach Mkimpo Kid

1997年12月11日(木)

 気候変動枠組み条約第3回締約国会議は、今日午後の本会議で、先進国全体と国ごとの温室効果ガスの削減目標を盛り込んだ議定書を採択し、閉幕した。
 温室効果ガスのゼロ%削減を主張していた筈の米国がいつの間にか7%削減まで譲歩して、6%削減の日本と削減率で逆転している。その裏には「ネット方式」だとか「排出権取引」だとか「共同実施」だとかという複雑なトリックがあるらしいが、さらに詳細な解説でも読まないと、本当のところはよく理解できない。とりあえずは、結果が出てよかった、というところか。
 しかしノルウェイの1%増はともかくとして、アイスランドの10%増、オーストラリアの8%増というのはどういうことか? 先進国全体の削減率は「少なくとも5%」ということになったらしい。先進国・中進国・途上国間の調整は、来年の第4回締約国会議まで持ち越しということのようだ。
 僕はもともと地球環境保護という観点からみて、CO2などの温室効果ガス削減が、科学的にみてどの程度根拠のあることなのか理解できていないから、議定書の具体的な内容についてコメントすることは控えたい(というより、できない、というのが実際のところだ)。しかしその精神は是としたい。これが僕の基本的スタンスである。
 ところで橋本龍太郎首相は、梶山静六の提言したNTTなどの政府保有株を担保にした10兆円規模の国債発行構想に関連して、「金融システム安定のために、限定して使用される発行枠で、それが使われるかどうかは別問題だ」「公共投資には使わない」と言明し、新型国債の発行の目的を金融対策に限定する考えを表明した。
 これは立派な考えである。今どき公共投資をして景気が恢復するなどと考えるのは愚か者である。そんなことをしても、結局、カネは非効率な経営を続けている土建業者や農業関係者などに流れるだけだ。現在の政治家や官僚たちに効率的な資金配分などできるはずがない。そんなことは今や高校生でも知っている。だいたい今の景気は巷間言われているほど悪くない。今の日本で、食料がなくて、何十人も飢えて死んだ、などという話は聞いたことがない。
 そろそろミニ・バブル再燃による誰も傷つかなくてすむ虫のいい不良権処理構想や右肩上がり経済への復活など儚い夢は捨て去るべきである。大量生産・大量消費・大量廃棄のアメリカン・ウェイ・オヴ・ライフはもはや21世紀には通用しない。
 12億人の中国人や7億人のインド人が皆でアメリカ型生活を一斉に追求し始めたらどうなるのか? いわゆる先進国の人間たちだけが豊かな物質文明を享受していて、途上国の人間たちにだけ、いつまでもシンプル・ライフを続けていろ、とは説得力をもって言えないはずだ。
 あらゆる意味から余裕のある先進国がまず手本を示し、自分たちのライフ・スタイルを変えていくべきである。別段、清貧に生きろ、なんて思わない。「清い」のはまだいいにしても、「貧乏くさい」のはイヤだろう。問題は何を「豊か」と感じ、何を「幸福」と感じるかだ。価値観や美意識が問われているのだ。
 排気量のやたらとでかい燃費の悪いクルマを乗りまわすのはかっこわるい。公共交通機関も悪くはないが、それより自転車の方が遙かに健康的でかっこいい。徒歩も素敵だ。
 肉や甘いものばかり食べてぶくぶく太っているのはかっこわるい。肉や野菜や魚をバランスよく食べて、スラリとしているのがかっこいい。糖尿病になるのはセルフ・コントロールのできない精神力の弱い人間だ。レストランでやたらと料理をたくさん注文し、半分も残すのは、何か勘違いした見栄っ張りか、自分たちの胃袋の具合も計算できない頭の悪い人間だ。
 やたらと天井の高い家に住み、24時間空調を効かせているのは、エネルギーを効率的に利用することのできない計画性のない人間だ。余分にエネルギーが必要になり、空気が汚れ、水が汚れる。
 Smart Life with Energy Saving.
 


1997年12月13日(土)

 「諸君! 1月号」から斉藤貴男「現地ルポ 大新聞まで口にチャックで おお、長野オリンピック『翼賛体制』」を読んだ。斉藤貴男といえばあの「カルト資本主義」の著者である。

オリンピックで潤うのは土建屋だけではない。最大の利益享受者は実はマスメディアなのだ(中略)
政府の許認可下にあるテレビは、初めから行政の一機能でしかない。そして日頃は正義を振りかざす大新聞も国家的メディア・イベントという千載一遇のビジネスチャンスの前には、ジャーナリズムの本分をあっさりと見失ってしまう。“超”後進国ニッポンの、世にも絶望的な物語。

 僕は前々から、オリンピックとか万博とかワールド・カップとかの国際イヴェントを日本に誘致する意味はあるのだろうか、と疑問に思っていた(1964年の東京オリンピックと1970年の大阪万博までは確かに意味があった)。そのように感じる日本人はどのくらいいるのだろう?
 非日常性としてのイヴェントを日常性を活性化する手段として常に必要としているのは農村のような共同体である。そこでは集団の祭りや個人のイニシエイションが共同体維持のために要請される。それらのハレの儀式の演出によってケガレを払い、沈滞するケを活性化し、同時に成員の一体感を獲得しているのだ。
 しかし共同体と共同体の間(=社会)に生きる者にとって、日常性と非日常性の境界はすでに取り払われている。たとえば1人の旅人の姿を想像してみればわかるように、彼にとっては毎日が新しい人びととの出逢いであり、未知のできごととの遭遇であり、命をかけた冒険でもある。そのような旅人にとってたかがオリンピックの開催がいかほどの意味をもちうるだろう。
 「諸君!」における斉藤貴男のメディア批判は、それ自体としてはまことに的を射たものではあるが、その射程はあまりに狭い。
 「オリンピック」を長野に呼んだ張本人は、何も施設建設で潤う土建業者やメディア・イヴェントの利権に群がるマス・メディア、そしてその背後で暗躍している政治家や官僚たちだけでない。未だに「紅白歌合戦」を年の瀬に見て歓んでいる日本人のマジョリティなのである。
 長野冬季五輪やサッカー・ワールド・カップ日韓共催はすでに決定してしまったことだから、僕もそれなりに成功して欲しいとは思うが(特にワールド・カップは日韓友好が絡んだ行事でもある)、愛知万博や大阪オリンピックの開催には反対である。


 11月26日に500だった ホームページ (index.html) のカウンタが、今日でようやく1.000を突破した。


1997年12月14日(日)

 今日は本を4冊買った。

# 金井美恵子『小説論』(岩波書店)
# 阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』(新潮社)
宮台真司・藤井良樹・中森明夫『新世紀のリアル』(飛鳥新社)
# 小林よしのり『新ゴーマニズム宣言4』(小学館)

 毎度のことだけど、本ばかり買っても、いつになったらそれらを読み終えるのか見当もつかない。机の上には、読みかけならまだしも、買ってからまだ1度もページを開いていない本が堆く積まれ、今にも倒れそうだ。


 今日はいくつかWebサイトを紹介する。順番に特に意味はない。内容も完成度も更新頻度もすべてまちまちである。これを機会に HYPERLINK COLLECTION は廃止する。

MLDホームページ(患者、家族、研究者の情報交換)
OH!NO!YOU?(悪徳商法潜入、近所のコンビニランキング等)
■■■迷宮旅行社■■■(言葉を巡る考察いろいろ)
国際バギ星人協会(ナンセンス系?)
冒険小僧ホームページ(台灣在住・元ステュワデスの冒険家)

1997年12月16日(火)

 今日は東大ライターズ・ジャーナリズムゼミ拡大版『東京都買春処罰規定 vs 援助交際 施行当日の激突!』(東大駒場)というのに行ってきた。出演は宮台真司、藤井良樹、現役高校生、現役東大生。
 若い人に混じって、なるべく目立たないようにして聴いていた。宮台真司は僕とはちょっと考えが違うが、刮目すべき意見を言う人で、近頃、無視できない存在である。
 売買春はいいか悪いかといったら、僕はいいことだとは思わない。でもどうしてもやりたいという人がいるのなら、勝手にやれば、という感じだ。
 宮台は、援助交際や売買春は性的弱者救済に役立つ、と言っていた。もてない男サルヴェイジ作戦というわけだ。僕も、一応、もてない男ではあったわけだが、もてないのは自分に魅力が足りないせいで、有名な作家になって、将来、絶対にもてる男になってやる、と思っていた。昔のミュージシャンとか、みんな音楽を始めた動機なんて、大抵そんなところじゃなかったのか。村上龍も吉田琢郎もそれに近いことを言っている。
 僕は恋愛自由市場でもてない男がもてないのにはそれなりに理由があるわけで、それはそれで我慢するしかないことだと思っていた。
 最近、街で少女を買っている20代から30代の若い男たちが、その少女に愛を告白してしまうというケースが増えているそうだ。ストーカーまがいの行為も多いらしい。こういった「勘違いくん」たちの気持ちは、僕にはなんとなくわかる気もする。
 結局、僕が女性を買うのに抵抗があったのは、セックスに自己のアイデンティティを絡めてしまうからだ。恋愛幻想でアイデンティティの不全感を癒そうという内面の策略があるからだ。カネで買ったセックスでは肉体の快楽は得られるかもしれないが、アイデンティティの問題は解決しない。むしろカネでしか女性が手に入らないもてない男というイメージは、ますます自己のアイデンティティを危機に陥れる。だから僕は女性を買わない。
 そういった幻想から自由な人たちは自由に売買春をするのだろう。
 「勘違いくん」たちの気持ちもわかる、とさっきは書いたが、だからといって「勘違いくん」たちは「絶対正義くん」たちと同様、はた迷惑な存在であることに変わりはない。割り切った買春をする「割り切りくん」たちの方が、むしろ社会的には無害かもしれない。
 貧しさから仕方なく身を売る売春と金持ち国の気ままな売春と仮に買春を2種類に分けるなら、僕は援助交際のように金のためだけでない自由意志による売春は、ある程度、本人たちの勝手だと思う(ただAIDSだとか妊娠だとかという生命のリスクを彼女たちはどこまで自覚しているのだろう?)。経済的な理由による売春は絶対に廃絶していかなくてはならない。
 大塚英志的な少女たちと宮台真司的な少女たち、仮に少女たちを2種類に分類するなら、現実の少女たちは宮台真司的な少女たちに近いのかもしれない。だが僕はコギャルのような現実の少女たちに全然魅力を感じない。大塚英志的な幻想の少女に限りなくノスタルジーを感じてしまう。
 ところで藤井良樹が、小田晋は40何歳で結婚するまで童貞だった、と言っていたが、本当だろうか?


1997年12月17日(水)

 イメージの戦争、モードや美意識や価値観の闘争のなかに僕たちはいる。
 昨日の宮台たちのジャーナリズムゼミの話のつづきだ。
 女子高生たちが援助交際やデート・クラブで稼いだ資金でプラダやルイ・ヴィトンのバッグを買って、渋谷の街を闊歩している現象について、1人の女子大生が、自分は売春行為に嫌悪を感じるし、彼女たちは単に商業主義に踊らされているに過ぎない、と批判した。すかさず宮台は、ブランド消費のどこが悪い、イケテナイ男の子たちがオウムの精神主義に走り、中高年の男たちが船井幸雄のカルト資本主義に走るなかで、イケテル女の子たちはブランド消費に走るのだ、とボードリヤールまで引き合いに出して反論した。そして時間があると、自分も東急ハンズを散策して、疲れた心を癒している、と語った。
 モードというのは、差異の体系であり、そのなかで頂点を極められるのはただ1つの〈商品〉だけのはずである。
 複数のモードの体系があり、それらは互いに激しく自分たちの優位性を競い合っている。そしてそれぞれのモードの体系のなかにもイケテル〈商品〉とイケテナイ〈商品〉とがあり、それらも互いに競い合っている。モードの体系の内部にも競争があり、モードの体系の間にも競争がある。
 これがモードの時代の実相ではないのか?
 だとすると、宮台の理論は破綻している。モードがモードでいられるのは、他の〈商品〉や他のモードとの差別化によってであり、その〈商品〉の実質によってではない。
 件の女子大生もある1つの(あるいは複数の)モードの体系のなかを生きており、彼女の生きる体系のなかで彼女という〈商品〉がトップを占めつづけていくためには、他の〈商品〉や他のモードとの間で激しい闘争を繰り拡げ、あくまで最終的に勝ち抜いていかなくてはならない。
 コギャル的な生き方に美や価値を認めてしまっては、彼女の生きる世界(東大に入るくらいだからかなり頭がいいんだろう、それにしてはそこそこ可愛い)が眩しく光り輝くことができないではないか。
 ところで宮台は、自由主義史観やカルト資本主義に走る中高年のバカなオジサンたちはどうせ黙っていても先に死んでいき、あとには自分たちのような人間ばかりが残るんだから、自分は将来を楽観している、と語っていた。本当だろうか?


1997年12月18日(木)

 掲示板にも書いたが、マガジンハウス発行の「鳩よ!」1月号・村上龍特集で Also Sprach Mkimpo Kid が取りあげられた。一応、200字という制約があったのだが、260字ほど書いて送ったところ、編集のうえ、最後の文が削られてしまった。URLもなぜか ABSOLUTE ムキンポ!古いURLが載っている。
 オリジナルのテクストは下記のとおりである。

 酒鬼薔薇聖斗事件を巡り立ち現れた数多くの「専門家」の論考のなかで「文藝春秋九月号」に掲載された村上龍の「寂しい国の殺人」は唯一事件の深層を描き得たテクストであった。
 デビュー作以来の熱心な読者である僕は期待して「インザ・ミソスープ」を読んだ。
 その期待は裏切られた。
 回想として語られる物語の主人公として、まるで記憶の風化のない、あまりにクリアなケンジの世界認識は違和を感じさせるものだった。
 しかしそれ以上に気がかりなのは「愛と幻想のファシズム」以降の村上龍が自身ファシズムに魅入られてしまっているのではないかということだ。


1997年12月20日(土)

 あの「うえのはるきのほめぱげ」と同一の作者になるといわれるサイトを見つけました。「たっちゃんのほむぺげ」です。

皆さん !! 初めまして !!
僕は本馬辰也と言います。(^o^)(^o^)(^o^)
このホームページはインターネットと言うサイバーシティで
ボクちゃんの事を紹介しちゃう画期的なものなのです。 (^_^;)
ナウなヤングのためのスポットなのです。\(^o^)/
内容はどんどん更新して行くつもりなので、
みんなファンになってね(^_^) (^_^)
(特に女性ファンが増えると嬉しいなぁ ) テヘ・・(^_^;)

(thanks to OH! NO! YOU!)  



☆ Smart Life with Energy Saving ☆

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