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Free Jamal Saberi Now !
ジャマルさんの再収容をやめよ!
正当な難民認定を!
Archive 1
7.3学習会『イランの政治状況を知る』で学び合う
http://www.bekkoame.ne.jp/~pyonpyon/fjc/04/07/03.htm
2004年7月3日(土) 渋谷区立勤労福祉会館 |
2004年7月29日(木) | 2004年7月31日(土) 辛淑玉さんと |
2004年8月13日(金) 「クルド人と仲間になる日」 |
2004年8月23日(月) |
2004年8月25日(水) 渋谷望さんと |
2004年8月28日(土) |
2004年8月27(金) |
まだ内容が非常に貧弱なのだけど、これからはジャマルさんの問題にももっと積極的に関わっていこうと思い、独立したページをつくった。 何しろ7.3学習会に参加したときはおろか(このとき僕は初めてジャマルさんに会った)、つい最近までジャマルさんとシェイダさんとを混同してた。つい何日か前も、ジャマルさんてゲイなんでしょ、と質問して、即座に、違うよー、と言われてしまったくらい、僕はジャマルさんについて何も知らなかった(僕が国連大学前に通うようになったきっかけはamlに転載されたジャマルさんの呼びかけを読んだことだったのだが)。 国連大学前で毎日のように顔を合わせてる間に、段々と彼の人柄に惹かれ、興味を持つようになってきた。 いつ自分が収容されるか、送還されるかわからない身の上なのに、他人のことなのによくやるなー、もっと自分の問題に専心しろよ、と言いたくなるくらい、ジャマルさんはいつも他人のために行動している。 ジャマルさんをはじめ多くの人びと(その中心が本人たちであることは言うまでもない)の尽力で、カザンキランさん、ドーガンさんの2家族をめぐる状況はたびたびマスメディアにも取り上げられ、運動もまだまだ不充分とはいえそれなりの広がりを獲得してきたが、一方、ジャマルさんのことはどれだけ世間に(国連大学前を訪れ署名してくれた人びとの間でさえ)認知されているのだろうか。国連大学ビルの壁には「Free Jamal Now !」のメッセージさえない。 (2004.8.23) |
2004年8月20日(金) | |
2004年8月30日(月) | |
2004年9月1日(水) | |
2004年9月3日(金) | |
イラン人難民ジャマル・サーベリさん
難民不認定処分・退去強制令書発布処分 取り消し訴訟
第3回公判 2004年9月6日(月) 東京地裁606号法廷
http://www.bekkoame.ne.jp/~pyonpyon/fjc/04/09/06.htm
公判後、東京地裁前 | 同日、国連大学前 |
BE-IN & WORLD PEACE NOW スペシャルに参加する
2004年9月11日(土)@明治公園 | |
「ジャマルさんを支援する会」と 「クルド人難民二家族を支援する会」との 共同ブース |
重信メイさんと |
『日本の多文化共生をめざして〜クルド人難民問題を中心に〜』に参加する
2004年9月12日(日)@ホテルフロラシオン青山 | |
喜納昌吉さんと |
ジャマルさん救援会 |
ジャマルさんを支援する会 Free Jamal Campaign |
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